○助け人走る(3作目)
・ピカレスクロマンの隠蔽、仕掛人型のストーリーに仕置人型の要素をミックス
<テーマの特徴>
シリーズ第3弾「助け人走る」は、設定・キャラクター・ストーリー等「必殺仕掛人」の延長線上で製作されているが、テーマには若干の変更がみられる。
元々「必殺仕掛人」放映当時から、お金を貰って人殺しをするという<ピカレスクロマン>のテーマに対してかなりの批判があったそうであるが、ファンの間では有名な「必殺仕置人」放映時の殺人事件が原因となって、番組存続のために<ピカレスクロマン>のテーマを隠蔽するという方針がとられる(タイトルから必殺の文字が外れたのもそのためらしい)。
スタッフたちは苦肉の策として、助け人の裏稼業を「お金を貰って人助けをし、必要とあれば人殺しもする」という設定に変更した。「人助け」というテーマを全面に押し出すことによって、その背後にあるピカレスクロマンの要素を隠そうとしていたといえる(ただし、スタッフたちはピカレスクロマンのテーマを隠そうとしただけで、放棄したわけではないだろう。番組後半、新キャラクター龍の登場、第24話での為吉死亡以後は、ピカレスクロマンのテーマが徐々に表面に現れ始めている)。
このシリーズは、ピカレスクロマンのテーマを隠すために「人助け」という要素を全面にうちだし、それによって<カタルシス(懲悪)ドラマ>のテーマが強調されるという特徴をもっているといえる。
オープニングナレーションは、「人助け稼業」をそのまま表現したものとなっている。
-テーマとキャラクターの関係
このシリーズはピカレスクロマンのテーマを隠蔽した影響か、前作までのシリーズのようなテーマをキャラクターに反映させる手法がとられていない。中山文十郎も辻平内も、人助け的な意識を持って裏の仕事を行ったり、稼業と割り切って行ったりと各回ごとに意識はばらばらである(キャラクターに魅力がないと言っているわけではないので、誤解しないようにして頂きたい)。だが元締の清兵衛は、仕掛人の元締同様<カタルシス(懲悪)ドラマ>を体現し、途中参加の龍は<ピカレスクロマン>を体現しているといえる。
<ストーリーの特徴>
テーマ以外は「必殺仕掛人」の延長線上で製作されたこのシリーズは、ストーリー的にも「必殺仕掛人」と同様の手法がとられ、助け人の裏稼業を描いたフィクション色のつよい作品が多い。ただ、裏の仕事が殺し以外のものもあるので、「必殺仕掛人」にはなかったタイプのものも若干製作された。また、「必殺仕置人」の影響か、「必殺仕掛人」に比べて悪役の悪事や被害者・頼み人の悲しみの姿の描写が多い。特に裏の仕事がそのままラストの殺しのシーンに結び付かない作品も多く、助け人の(殺し以外の)仕事の描写と「カタルシスドラマ(悪役の悪事や被害者・頼み人の悲しみの姿を描いたドラマ)」が同時進行するパターンのものもかなりみられる。
プロット的には助け人の裏稼業を描いたフィクション色のつよいストーリーがメインだが、シリアスな人間ドラマの要素も「必殺仕掛人」以上につよくなっている。
「必殺仕掛人」の作品作りに、「必殺仕置人」的な要素を付け加えたシリーズといえる。
○暗闇仕留人(4作目)
・仕置人を継承したテーマとストーリー
<テーマの特徴>
前作の「助け人走る」が「必殺仕掛人」の延長線上で制作されたのと同様、シリーズ第4弾となった「暗闇仕留人」は、設定・キャラクター・テーマ・ストーリーとも「必殺仕置人」の延長線上で制作されている。
「必殺仕置人」同様<カタルシス(懲悪)ドラマ>のテーマに重きがおかれ、<ピカレスクロマン>のタイプも「プロフェッショナル型」ではなく「テロリスト型」となっている。ただ、ピカレスクロマンのテーマを隠蔽・自主規制するという前作の方針はここでも受け継がれ、「必殺仕置人」にあった毒々しさはかなり薄められて、「必殺仕置人」よりはスマートで洗練された作風となっている。
オープニングナレーションは、「必殺仕掛人」、「必殺仕置人」で表現されたテーマをより文学的な言葉で表している。
「黒船このかた泣きの涙に捨て処なく、江戸はひとしく針地獄の様呈しおり候」の個所は、「必殺仕置人」の「この世の正義もあてにはならぬ」に対応している。
「尽きせぬこの世の恨み一切、いかようなりとも始末の儀請け負い申し」は、「必殺仕掛人」の「晴らせぬ恨みを晴らし、許せぬ人でなしを消す」、「必殺仕置人」の「闇に裁いて仕置きする」に対応している(<カタルシス(懲悪)ドラマ>を表現)。
また、「万に一つもしくじり有るまじく候」は、「必殺仕掛人」の「人知れず仕掛けて仕損じなし」に対応。
「但し右の条々闇の稼業の定め書き、口外法度の仕留人」は、「必殺仕掛人」の「但しこの稼業江戸職業づくしにはのっていない」、「必殺仕置人」のエンディングナレーションに対応している(<ピカレスクロマン>を表現)。
-テーマとキャラクターの関係
「必殺仕置人」の「テロリスト型ピカレスクロマン」を継承したこのシリーズは、やはり中村主水がそのテーマを体現するキャラクターとなっている。第1話で、主水が再会した半次とおきんに裏稼業再開の決意を語るセリフにそのことが表れている。
しかしピカレスクロマンのテーマを自主規制するという姿勢が続いているために、糸井貢、大吉のキャラクターには、テーマとの関連がそれほどつよくはみられない。助け人の中山文十郎、辻平内同様に、各作品ごとに人助け的な意識を持ったり、稼業として割り切ったりして裏の仕事を行っている。
また、中村主水も「必殺仕置人」の時ほどは感情を表に出さず、淡々と仕事をしている姿が増えている。これはテーマが表に出ていないために、仕留人たちが「義賊・人助け的な存在」なのか「殺し屋」なのか、仕置人のような「自ら悪となって悪を裁く存在」なのかがはっきりしていないためであろう。
(後から振り返れば、主水が仕置人から「プロの殺し屋」へと変貌を遂げる過渡期にいたことがわかるが。)
<ストーリーの特徴>
「必殺仕置人」の延長線上で作品を制作するという姿勢は、ストーリー作りにも反映されている。悪役の悪事や仕事の依頼の原因となる事件・出来事、被害者・頼み人の悲しみの姿を描いたプロットを軸にした「カタルシスドラマ」「シリアスドラマ」が全体の3分の2近く、残りの3分の1近くがフィクション・ハードボイルド性のつよい作品となっている。
(仲買人の存在しない「直接依頼型」の設定のシリーズは、仕事の依頼を受けた後のプロットを描きづらいという理由もある。)
ただ、「必殺仕置人」がクライマックスの仕置のシーンにおけるカタルシス効果を重視しすぎて、筋書き(ストーリー展開)の面白さを軽視していた側面があったので、このシリーズは筋書きの面白さも留意して制作されている。
なお、フィクション・ハードボイルド性のつよい作品にもシリアスな人間ドラマの要素を盛り込んでいくという点は、「必殺仕置人」と同様である。