必殺必中仕事屋稼業

○必殺必中仕事屋稼業(5作目)

ピカレスクロマンの復権仕掛人を継承したテーマとストーリー

 

<テーマの特徴>

助け人走る」、「暗闇仕留人」と2作続けて<ピカレスクロマン>のテーマを薄めた作品が制作されたが、このシリーズから再びピカレスクロマンのテーマが強調されるようになった。ナレーションにそのことが表れている。

このシリーズのナレーションには、それまでのシリーズにあった「晴らせぬ恨みを晴らす」「悪人たちを制裁する」という<カタルシス(懲悪)ドラマ>を表現するセリフがなくなった。オープニングナレーションのセリフ「とかくこの世は一天地六、命ぎりぎり勝負をかける、仕事はよろず引きうけましょう」は、博打のような緊張感をもった裏稼業にとりくむ仕事屋たちの心情を表現しているし、エンディングナレーションのセリフ「どうせあの世も地獄と決めた、命がっさい勝負にかけて、燃えてみようか仕事屋稼業」はピカレスクロマンのテーマを表現している。

ただし、ナレーションにはカタルシス(懲悪)ドラマの要素はなく、ピカレスクロマンのテーマしかみられないが、作品自体は「必殺仕掛人」同様2つのテーマに同じ比重をおいて制作されている。むしろ、元締のおせいが頼み人から報酬を受け取らずに仕事を引き受けるケースがあったこと、裏の仕事が殺しだけに限らず、金のない者・力のない者たちを助けるために様々な依頼を引き受けていることを考慮すると、「必殺仕掛人」よりもピカレスクロマンのテーマは薄いといえるかもしれない。

だが、ピカレスクロマンとカタルシスドラマ、背反する2つのテーマに基づいて作品作りを行うという初期の姿勢は復活されている。

 

 -テーマとキャラクターの関係

必殺仕掛人」にみられた、元締が<カタルシス(懲悪)ドラマ>を体現し、殺し屋が<ピカレスクロマン>を体現するという方針が再現された。

元締のおせいは、「テーマの特徴」で既に述べたように「義賊・人助け」的な意識のつよいカタルシスドラマを体現するキャラクターである。

それに対して半兵衛、政吉の2人は、「人助け」や「悪人を制裁する」という意識で裏稼業を行っているわけではなく、「生きるか死ぬか。勝つか負けるか」といった裏の仕事の博打性に惹かれているピカレスクロマンを体現したキャラクターとなっている。

 

<ストーリーの特徴>

このシリーズは、キャラクターの個性、殺し技、映像(作風)などはそれまでのシリーズにない独創的なものになっているが、設定、テーマ、ストーリーは「必殺仕掛人」の流れを継承している。

そのためストーリーは、仕事の依頼を受けた後の仕事屋たちの裏稼業を描いたフィクション・ハードボイルド性のつよい作品がメインとなっている。

また、フィクション・ハードボイルド性のつよいストーリーの中にシリアスな人間ドラマの要素を盛り込むという点も「必殺仕掛人」と共通している。

ただ、殺し以外の仕事も引き受けているため、探偵稼業を描いたようなストーリーも若干みられる(このあたりは、「助け人走る」との共通性がみられる)。